2017年2月6日月曜日

一枚、一枚、想いを込めて

家庭用プリンターで印刷してパウチっていう作業をこれほど繰り返している人たちはそういないんじゃないかと思う。ビールに限らずお酒の製造販売に関わっている人で、これだけの数を繰り返し繰り返しやっている人たちはまずいない。自慢できることでもないけれど。


ガージェリーは飲食店だけの展開で、大きな宣伝をしているわけではなく、15年続けていても知名度は相変わらず高いとは言えない。だから、いかにお店で目を引いて興味を持っていただくかが重大事。そしてブランドイメージ上、安っぽく見えるものは困るのでデザイナーにお願いしているわけだけど、それを印刷会社でプリントして一律にそのまま使うわけにはいかないということがある。

というのも、樽が2種類、瓶が3種類しかないとはいえ、お店によって扱いアイテムが違うし、価格設定も違う。お店毎にちょうど良いサイズというものもある。これを掛け算すると無数のパターンのデザインが必要になるわけで、あらかじめ全て印刷して持っておくというわけにはいかない。だから、デザイナーが作ってくれた基本パターンを、お店の要望に応じて自分たちがパソコンでカスタマイズした上で、必要数だけプリントしてパウチをしているわけ。


上の女性の横顔のイラストは、一昨年から使っているデザインで、とても評判がいい。取り扱いのアイテムによって、この女性が持っているビールの色が黒だったり褐色だったりして、これまた微妙な違いながら相当多くのパターンがある。

2003年以降様々なデザインのものを作ってきたが、中でも自分にとって一番思い入れがあるのは、この生け花のデザインで2004年に作ったもの。ガージェリー・スタウトをいかにエレガントでひと味違う黒ビールとして見せようかとしていたことがよくわかる。


裏面は、作家さんにガージェリーをイメージして書いていただいたショートストーリーだった。一番最初に書いていただいたのは後に芥川賞を受賞される絲山秋子さんだったし、四番目は翌年に直木賞を取る角田光代さんに書き下ろしていただいたものだった。こういうことを始めたのも、差し込みメニューを継続的に飽きずに使っていただくために、季節ごとに新しいものを用意した方が良いと思ったから。毎シーズン、家庭用プリンターで印刷してパウチして、各店に配るという地味な作業を続けていたのも、お客様にこの全く無名だったビールを気に留めてもらおうと必死だったからだ。


ところで、この差し込みメニューの裏のガージェリーストーリーは、今はメニューからは離れて独立したブランドカードとして年に2回ほどのペースで展開している。毎回違う作家さんにストーリーを書いていただき、反対面にそのストーリーをイメージしたイラストを、これまたそれぞれ違う絵描きさんに描いていただいている。


こんな感じで、これまた好評。ちなみにこの紫バックのイラストの反対面は12年ぶりに角田光代さんに書き下ろしていただいた、なんと2004年のストーリーの12年後のお話だ。12年の間に30人以上に書いてもらったが、今回の角田さんは初めての2回目をお願いした作家さんとなった。


このカードは、さすがにプリンターで印刷しているのではなく、印刷屋さんでどっさり印刷しているが、配り方はといえば、原則としてボクら3人がお店を訪問する際に手渡ししている。先ほどの差し込みメニューも、お店と打ち合わせた上で作成しているが、このカードにおいてもお店との直接のコミュニケーションを原則としていることは変わらない。

なんとも地面を這い回るような仕事だが、愚直に黙々と続けていると、何年も経った時に相当な力になってくる。それを今すごく感じている。

2002年に生まれたこのブランドは、今や深く深く根を張っている。これは一朝一夕には真似できないものだと、少し誇りに思っている。


2017年1月24日火曜日

古巣のこと、クラフトのこと

数日前のことだけど、27年前の古巣の仲間と飲んだ。

古巣というのはキリンビールのこと。26年の間に一緒に働いた仲間が沢山いるし、今も同じ業界にいることもあり、常にその動向は気になっているのだけれど、昨年の業績はかなり厳しいものだったようだ。一方で同社は大手ながらクラフトビールカテゴリーでの展開にも意欲的で、代官山のブルワリーレストランを拠点にしてクラフトビールの通販をするスプリングバレーブルワリー事業を立ち上げた。そしてクラフトビールの最大手ヤッホーブルーイング社に資本を入れた上で事業提携し、一部のビールの製造を請け負い、キリンビールによる「よなよなエール」の樽の販売も始めている。さらにはアメリカの有力クラフトビール会社ブルックリンブルワリーにも資本を入れ日本での販売を準備している。

前置きが長くなったが、そのキリンビールに入社したばかりの頃の同僚と飲んだというだけの話(笑)。ただそのお店のビールの品揃えから、あらためて思うところがあったので書き留めている。


そのお店はベルギービールを中心としつつ、さらに日本のクラフトビールをずらりと品揃えたビアレストラン。ガージェリーの取扱店としては少し珍しい業態なのだが、ありがたいことに気に入っていただき声をお掛けいただいた。そしてほぼ同時に取り扱いを始められたのが「よなよなエール」。キリンが造り、キリンが販売している「よなよなエール」と、そのキリンビールが10年前に手放したガージェリーが卓上で並び、そんなことは思いもよらなかった時代の古い仲間が昔話に花を咲かせたわけ。
当時、つまり1990年前後、アサヒスーパードライをどうする!?とやっきになっていたあの頃とはだいぶ世の情勢も変わった。キリンはドライビールや一番搾りを含め数々の新商品で対抗してきたが、結局スーパードライの成長を止めることはできず、大きく販売シェアを落としトップメーカーの座を明け渡すことになった。

そんな中で、僕らは2002年にキリンビールの社内ベンチャーとしてガージェリーを立ち上げ夢を膨らませたが、2007年には、簡単に言えば「戦力外通告」を受けてガージェリーはキリンから離れることになった。正直、あの時キリンの中にガージェリーを残していれば、随分違ったストーリーがあったのではないかと残念な気持ちはある。僕もキリンを辞めることはなかったかもしれない。


そして、冒頭に書いたような、この数年のキリンのクラフトビールへの力の入れ具合を見ると、それなりに思うところはあるわけだ。まあ、それは過ぎた話なので、それ自体にどうこうは言うまい。今は今でなかなか楽しい状況になっているわけだし。それよりも気になるのは同社のこれからだ。正直心配。

さて、また改めて書きたいと思うが、日本でのクラフトビール市場はそろそろ新しいステージを迎えようとしていると思う。それは全体で言えば決して楽観できるものではない。アメリカのクラフトビールがビール市場全体の10%以上を超え、さらに伸びているということから、まだそれが1%程度である日本においては大きく伸びる余地があるという見方がある。そもそもクラフトという切り口は曖昧なところがあり、「クラフトだから美味い」というのも誤解。造り手の資本が大きかろうが小さかろうが、手でホップを入れようが、装置でホップを入れようが、美味いか不味いかは別問題。さて、乱立しつつあるクラフトビールメーカー、ブームを過信したのではという不安の残る大きな設備投資。その中で、今後何が重要なポイントになってくるだろう。


それは単純なことで、飲み手との架け橋になる「ブランド」だ。美味しいビールを造り、飲み手に美味しい状態で届けるのは最低線。その上で、美味しいビールやお酒の選択肢が覚えきれないほど数多ある中、飲み手に継続して買いたいと思ってもらい、これが難しいのだが、ちゃんと行動に移してもらう。そのストーリーを描くことができるブランドが生き残っていく。

この点に関しては、僕の考えでは、最近の大手メーカーもかなり間違ったことをしていると思っている。多くのナショナルブランドが迷走しているように思う。クラフトビールメーカーに関しては、これを真剣に考えている会社はごく僅かしかないと感じる。

ビジネスという観点では、大手もクラフトも、今年が分岐点になるだろうと思う。

2017年1月1日日曜日

本拠地で新年の誓いを

プロフィールにも書いているが、ボクの実家は原宿の酒屋です。原宿で生まれ育ったという言い方は、原宿駅か千駄ケ谷駅か、どちらかと言えば千駄ヶ谷駅に近いという点で、やや盛った感じはあるものの、住所は神宮前なので、原宿だと言う資格は十分あると思っているわけ。初詣と言えば、一番近い小さな神社よりは明治神宮だった訳で、ここに来ないと正月が来た気がしないというのは本当のこと。


元日の午後早く、初詣に行ってきた。天気に恵まれた元日の昼間だけにかなり混んでいるかと思っていたけれど、警察の皆様の熟練した誘導のおかげで、もちろん待ちはしたが、小一時間ってところで、比較的スムーズに参拝することができた。


さて、その後は、明治神宮を出て、原宿から渋谷に向かうファイアーストリート方面へ。右に東京都体育館を見て、左に旧キリンビール本社ビルを見る。今は何やら医療法人が入っている様子。もともとボクが平成元年に大学新卒としてこの会社に入社を決めた理由の一つとして、本社が地元、ということもあったと思う。そういう意味では、昨年、ボクが同社を退職したのと、その少し前に同社の本社が原宿から中野に移転したというのは、因縁なんだろうと思う。


さらに前に進むと、三叉路の向こう側に岸体育館。ここはボクが小学生の時に体操教室に通っていた場所。跳び箱が得意だったな。


ここを超えて、さらに100mくらい進み、消防署まではいかないところにあるビルの6階、そこが目的地。たいていの飲食店やバーは大晦日や元日はお休みの中、元日の14時からオープンしているバーがある。Bar Rocaille(バーロカイユ)はコンパクトなオーセンティックバー。ここでガージェリー23が飲めるのだ。スーツ姿が素敵なバーテンダーさんがにこやかに迎えてくれる。


実は昨年の元日もここに来た。明治神宮から徒歩5分だもの。そりゃ来ちゃう。どうも初詣はこのコースが定着しそうな予感。

みなさま、明けましておめでとうございます。思いついた時にアップする程度のブログですが、何とぞ、今年もよろしくお願いいたします。みなさまにとって今年が素敵な一年になりますように。




2016年12月12日月曜日

ブランドの存在価値、約束は守る

2002年12月12日、この投稿を書いているちょうど14年前になる。その5ヶ月前にキリンビール社内でやっとのことで決裁をもらい会社を設立したボクら、株式会社ビアスタイル21の事業開始当初の唯一の商品、樽詰ビールのガージェリー・スタウトが取扱いの飲食店で初めてサーヴされた。(ビアスタイル21とキリンビールとの資本関係は2007年に解消)
そのお店は、代官山のシンポジオンというフレンチレストランだった。日本人オーナーシェフとして初めてミシュラン1つ星を獲得した平松宏之さんが経営するお店での取り扱い決定に、とても勇気づけられた覚えがある。

なんと言ってもスタウトビールだ。日本ではスタウトと言えば、ギネスと、アサヒとキリンが出している小瓶のスタウトがビール好きになんとか知られているくらいで、普通ではビールって言えば、スーパードライかラガーかっていう中で、「GARGERY」なんて何て読むのかもわからないようなブランド名と共に販売する10リッター樽だけの濃厚な黒ビールである。樽詰ビールだからディスペンサーの設置も必要で、開栓したら10リッターを数日以内に売り切ってもらわなければならない。しかもそれを、ビールをバンバン売っているようなビアパブや居酒屋ではなく、ワインやカクテルをメインにしているような、お洒落なハイエンドレストランやオーセンティックバーに的を絞って案内していた訳で、それはそれはハードルが高かった。

ただ、唯一の救いは、最初は「黒ビール??」っていうネガティブな反応をしていた人たちが、リュトングラスを見ると「おっ」と惹きつけられ、さらに試飲すると、「ビールサーバー、置けるかなぁ」なんて、途端に前向きになるという、圧倒的な商品の魅力。前向きに検討してもらった上で、前出のハードルが立ちふさがることになる。

そんな中で、最初に取扱いを開始いただいたのは、代官山「シンポジオン」、赤坂「燻」、銀座「煙事」、青山「スパイラルカフェ」、麻布十番「ザ・トウキョウレストラン」、ホテルオークラ「ハイランダー」などのそうそうたる顔ぶれだった。(この中で現存し、かつガージェリーの取り扱いを継続いただいているのは、燻、煙事、ハイランダー)今思えば、よくやったなという感じだ。


以降、社員4名、最大5名になり、キリンを離れてからは、しばらく2名、そして今は3名という体制で、とにかく飲食店へガージェリーを紹介する営業活動を黙々と続けて14年が経過。商品は樽詰が2種になり、2009年から瓶商品を順次3種発売して合計5種類になった。14年で5種類っていうのは他の大小ビール会社と比べて極端に少ないものだと思う。新商品で売るのではなく、ただただ定番をコツコツと足で広げたのだ。現在、取扱店は全国で1,000店を超えるまでなった。

話は最初に戻るが、代官山にはちょっとした因縁を感じる。というのも、ガージェリーの母体だったキリンが昨年、代官山にスプリングバレーブルワリーを開業したからだ。スプリングバレーブルワリーというのはもともとキリンビールの前身となる日本初のビール醸造所の名前。だから、ガージェリーを創業してまもない頃は、そのスプリングバレーを引き合いに出して、こんな記事を書いていただいたこともあった。<http://www.b-shoku.jp/tokushu/projectb/12/(2005年当時の記事)>

その元母体は、代官山だけでなく、国内最大手クラフトのヤッホーや、アメリカのブルックリンに資本を入れて、いろいろ本腰を入れてきているようだ。14年前にはとても考えられなかったよなぁ。

さて、そんなわけで、短いようで色々あった14年だった。ボク自身も途中7年半、ガージェリーから離れていた。しかし、世の中、とりわけビール市場がいかに変わったとしても、確固として変わっていないことがある。それはガージェリーの味、デザイン、そして飲食店限定ビールであるということだ。飲食店限定と銘打っておきながらいつのまにかコンビニエンスストアの棚に並んでいたっていう商品はいくらでもある。14年間、飲食店限定を貫いている商品はそうないだろう。飲食店限定を守ることが良い悪いという話ではない。飲食店以外でも飲みたいというお客様の要望に応えるという考え方も当然あり得る。それは、それぞれの生き方の問題だ。

ただ、約束を守る、ということが、ブランドの存在価値だということは忘れてはいけない。

「ブランド」という言葉の本来の意味を考えてみれば、明白なことだ。

ガージェリーは14年間守ってきた約束を、さらにずっと守り続ける。



2016年11月8日火曜日

偶然は必然

少し前の秋田への出張で、お得意先のバーへ飲みに行ったとき、本当に偶然、その日のお昼にインターネットでガージェリーを初めて知って、取扱店を調べて飲みに来たという人がいらっしゃった。その方がガージェリーを飲みつつバーテンダーさんと話しているまさしくその時、ガージェリーの会社の人間、つまりボクがどんぴしゃで入って来たので鳥肌ものの驚き。

バーカウンターでしばしガージェリーの生い立ちや目指していることについてお話しさせていただいた。その方は実は秋田の日本酒の蔵元に勤めていらっしゃり、是非自社の酒も飲んでみてほしいと、数日後、東京の弊社事務所へお酒を送ってくれた。

実はその方は日本酒業界のニューリーダー的な存在の蔵元の製造部門の方で、送っていただいたお酒も見るからに素敵。ありがたく頂戴いたします。事務所では飲めないので社長と分け合い持って帰ります。造り手の情熱をしっかり受け止めよう。偶然は偶然じゃなくて、必然なのだろう。



2016年10月29日土曜日

コクサイカのあり方

〝グローバル〟なんていうと大げさな感じがするので、少し古くて控えめな感じのする〝国際化〟という言葉にしておこうか。昨今はこの言葉から思い浮かぶ景色が変わってきたと思う。



自分が経験してきたビールに関わる仕事で言えばこんな感じ。

1990年代は、海外の商品の輸入が主流。アメリカやヨーロッパのビールブランドを日本で販売する。バドワイザーやハイネケン、ギネスなんかが代表格だろうか。その中でボクらは海外の会社から諸々勉強させてもらったりした。2000年代は海外の会社を買収して日本の会社が海外の事業のオーナーになった。ボクはオーストラリアの食品会社に出向したが、現地にいて日本側の対応がもどかしくてたまらなかった覚えがある。日本にいる日本人社員がいつまでも国境にこだわったような態度で、コトが遅々として進まなかったからだ。こういう状況は10年くらいかかって、やっと解消されてきたかもしれない。

そのうちにクールジャパンという言葉とともに、今度は日本の商品を文化とともに海外に売り込もうという気運が出てきた。僕は日本に戻り、日本のビールブランドを海外展開する仕事をもらった。2年ほど携わっていたが、日本人的にプライドを持って取り組める、やりがいのある役割だった。



それから少し経ってキリンビールを退社することを決めた時期だが、2014年11月にこのブログでこんなことを書いた。「世界に伝えたい日本のクラフトビール」というイベントに参加して、若い経営者たちの話を聞いての感想だ。

「イベントのタイトルはやや勇み足気味な感じはするものの、それぞれの会社が醸造や販売に関してそれぞれの形で海外とボーダレスにつながっていることが印象的だった。酒類、ビール類の消費量が減ってはいるものの、クラフトビールにとって日本の市場はまだまだ大きい。これまでの感覚なら、日本市場の開拓も途上の小規模な地ビール会社が海外市場にまで手を出すというのは拙速ということになるが、「日本より海外で売る方がやさしい」という言葉も出た。クールジャパンの追い風もあるだろうし、完成度の高い商品は外国でも十二分に魅力的。若い経営者にとって国境はハードルにならず、むしろビジネスチャンスと捉えている。」

クールジャパンと、世界的なクラフトビールブームの流れがあり、大手メーカーのブランドよりもチャンスがありそうだな、と思った。大きな設備投資をしてしまっているのが少し不安な会社もあるが、この流れはしばらく続くんだろうと思う。

さて、最初に言った、景色が変わってきたというのはここから。

日本の商品を海外に売り込むのではなく、日本にある商品・サービスを日本にあるがままに日本で楽しんでもらう、ということが一気に注目を浴びるようになった。わざわざここで書くまでもない様々な事象が起こっている。東京オリンピックの後押しも大きい。海外からの観光客が日本で時間、空間、文化を楽しんでいる。爆買いの中国人もモノより体験を楽しむ人が増えてきているようだ。



日本の飲食店でしか展開していないガージェリーはこれまで国際化という言葉は全く縁遠いと思っていた。キリンビールで海外事業に携わってきた自分だから、当然ガージェリーの海外展開というのは頭に浮かぶわけだが、この際立った商品コンセプトを守りつつっていうのは相当難しい話だし、コンセプトを妥協して海外展開しても意味はないと思っている。そもそも、正直なところ、そういう余裕は毛頭ない。そんな中、日本のガージェリー取扱店に外国人観光客が訪れて、「いったいこのビールはどこのビールだ?すごく美味しい!クールなグラスだ!」と驚いているという話が入って来るようになった。

そうそう、これでいいんだろうな、と思っている。日本の外食をもっと魅力的にしよう。日本に来た外国人をびっくりさせよう。ガージェリーは日本の飲食店でしか飲めないスーパークールなビールってことでいいじゃないか。輸出なんてせんでも良い。日本には愛すべき飲食店がたくさんあって、まだまだボクらはやるべきことが山ほどある。

そう思っている次第。



2016年10月2日日曜日

幸か不幸か花粉か風邪か

木曜日の午後から鼻水がぽたぽた出始め、飲みながら手拭いで拭き拭き。金曜日になると喉が痛み頭がだる重い。でも熱が無いのでこれはきっと秋の花粉症だと。今まではスギ花粉だけだったけれど、いよいよブタ草あたりが来たかと思い、行きつけの耳鼻科へ。



先生に上記症状を話し喉を診ていただくと、あっさり「こりゃ風邪だわ。」

さらに「飲むと悪化します。」と、何かを察したのか釘を刺された。でも、飲むのが仕事をなんで、ってちょっと反抗してみると「どこの会社?」と乗ってくるので、「ガージェリー」って正直に答えました。先生はそのままパソコンでググってガージェリーホームページへ。患者さんがほとんどいなかったからかノリノリで食いついてくださり、しばしビール談義。先生はドイツビール、特に小麦系が好きなんだそうだ。

今度飲みに行ってみるよと、嬉しそうに薬を処方してくれました。

その晩から発熱。やっぱり風邪だった。今後毎シーズン患う花粉症よりはましかな。